小児科医が語るHPVワクチン「副反応」の実態とその対応

HPVワクチン接種、お知らせ再開後の課題とは?

 感染症や病気から守るために、有用な予防接種。年間約2800人が亡くなっている子宮頸がんの予防には、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン接種が有効とされている。

しかし、このHPVワクチン、2013年4月に定期接種となったものの、自治体から家庭にお知らせが届かない状況が7年も続いていた。その理由は、接種後に副反応とされる特異な症状が多数報告されたためだ。メディア報道が過熱したこともあり、接種率は70%台から1%以下に。諸外国でもたくさんの人が打つワクチンなのに、日本だけ接種率が極端に低い。こうした格差は『ワクチンギャップ』と呼ばれている。

 ただこのところ、風向きが少し変わってきた。HPVワクチンの安全性や有効性に関するエビデンスがそろってきたことや、存在さえ知らずに接種を逃している女の子たちが大勢いることが問題視され、厚生労働省は、2020年10月、自治体個別に情報提供をするよう通知。対象者に個別にお知らせを送る自治体が増え、今後、接種者が増えていくことが予想されている。「やっとか」と安堵した人は、筆者だけではないだろう。  

一方で、「副反応が気になる」という声があるのも確か。 「体調が悪くなったら…」と、保護者が不安に思うのは自然なことだ。今後、HPVワクチン接種が広く行われるためには、予防接種の意味や副反応について正しい情報を得ながら、このハードルを超えていく必要があるように思う。  

予防接種後の症状に詳しい専門家といえば、赤ちゃんの頃から子どもを診ている小児科医。予防接種のプロといってもいい存在だ。そこで、副反応の捉え方や望ましい対処について、峯小児科(さいたま市)院長の峯眞人さんにお話を伺った。

不安を受け止める、終わったら褒める、が大切

峯さんは、予防接種を受けに来る保護者や子どもたちに対して、心のケアをはじめさまざまな取り組みを行ってきた。HPVワクチンの接種率向上に向けて、地道に啓発活動を続けてきた医師の一人でもある。  

「そもそも予防接種は、子どもたちが嫌がって大暴れしたり、泣いたり、痛みを訴えたり、いろいろなことが起こるものです。痛いけど、必要な注射だよ。痛みを減らせるように、先生も精一杯頑張るから。涙が出そうだったら、横になっていていいよと。まずは子どもたちの不安を取り除くように接します。そして、終わったらどうだった? よく頑張ったね~と、大げさにでも褒めてあげます」  

苦痛は本人にしかわからないものだから、言い聞かせたり、「これくらい我慢しなさい」は禁句だという  

「怖いという気持ちは、赤ちゃんだろうが、幼児期であろうが、思春期であろうが同じ。現場の医師もスタッフも全員で、不安を受け止め、共感すること。終わったらきちんと評価をしてあげることが重要ですね。信頼関係ができると、必要な予防接種を最後まで打ちに来てくれます」

日本は定期接種が遅れがち? そして副反応とは?

2013年にHPVワクチンが定期接種になった当時、峯さんは「少し不安を感じていた」と振り返る。

 「わが国では、70年代以降、予防接種後に障害などが起こり、各地で集団訴訟が相注ぎました。国は予防接種に消極的になり、他国に比べてさまざまなワクチン政策が遅れたのです。

 例えばインフルエンザワクチンは、かつて子どもたち全員が公費で打てた定期接種でしたが、今は任意接種となりました。おたふく風邪も、副反応が問題となり自己負担で受ける任意接種に。それが、子宮頸がんの予防ワクチンはすんなり定期接種となった。準備は十分だろうか? と。

 私たち小児科医は、予防接種で起こりうる状況に慣れていますが、HPVワクチンは小学校6年から高校1年相当の女の子が対象ということもあり、小児科以外の科で接種するケースが出てきます。医師が先にお話ししたような予防接種の状況に慣れていなかったり、お子さんが通い慣れていない病院で打つことになると、不安や緊張からいろいろな反応が出てもおかしくない。そう感じたのです」

 「副反応」とは、ワクチン接種後によくない症状が起こることをいう。注射をした後に痛みや熱が出たり、注射部位が腫れたりするのは、一般的によく見られる副反応だ。重い副反応としては、稀にアナフィラキシー、ギラン・バレー症候群、急性散在性脳骨髄炎(ADEM)などがあるが、HPVワクチンだけに特別起こるというものではない。

 そのほか、HPVワクチンの副反応としては、関節痛、吐き気、失神(血管迷走神経反射)などの症状が報告されている。ここで大事なことは、どんなワクチンも、導入直後は、副反応の報告が多く報告されるということ。ワクチン接種が関係して起こったことなのか、因果関係がわからないものもとりあえず報告される。この点はあまり知られていない。

 「予防接種では、発熱や注射した部位の腫れ・痛みなどが起こることがありますが、多くは短期間で治るものです。それから、思春期のお子さんの場合、注射への恐怖心が強いと、極度に緊張して注射の痛み、不安などから接種後に気を失って倒れる場合がごく稀ですがあります。これは血管迷走神経反射といって、強い痛みやストレスなどが原因で、血圧が急に低下して起こるとされている生理反応です。思春期の多感な女子に起こりやすいとされており、この場合には、しばらく横になって寝ていると回復します」

思春期の女子はとてもナイーブ。症状が現れることも

ここまでの説明を読むと、「やはり副反応が心配……」と感じてしまった保護者も多いかもしれない。しかし、峯さんのクリニックでは、この7年間で、HPVワクチンによる重篤な症状は1つも起きていない。ただ、前述のように思春期の女の子には、心理的な影響からさまざまな症状が起こることがあるだけに、周囲の十分な理解やケアが必要だと峯さんは訴える。

 「そもそも思春期に多いのですが、病気や怪我などの明らかな原因は見つからないのに、体が痛い、ご飯が食べられない、友達と話せなくなってしまうなどの症状は、よく見られる症状です。しかも訴えの7割は女の子。ワクチンを打った子にも、打たない子にも、同じように見られます。このことは、HPVワクチンと接種後に現れたさまざまな症状の因果関係解明のために行われた調査『名古屋スタディ』(名古屋市の女子7万人を対象としてアンケート調査を行い、約3万人のデータを解析【子宮頸がん予防接種調査回答集計結果 平成28年6月名古屋市】)でもレポートされ、結論が出ています。

 例えば、Aさんが部活でエースを務めているとか、大事な受験を控えているとしましょう。良い成績が残せなかったとしたら、みんなに迷惑をかけたと非常につらい思いをします。真面目で必死に頑張って、いろいろなものを背負っているお子さんは、つらさをうまく表現できないために、“あのことさえなければ”という気持ちを、体の痛みや不調を訴えることで表現することがあるのです。

 このような状況が、たまたまワクチンを打った後のAさんに、そういう症状として出ることもあり得ます。誤解しないでほしいのですが、これは仮病ではなく、つらさをわかってもらいたくて、わかりやすい症状に変わって表に出てしまうのです」

 HPVワクチンではなく、他の予防接種での出来事だが、視力検査では異常がないのに、一時的に目が見えなくなった女の子がいたが、心理的な負担を取り除くともとに戻ったという。

 「こういったケースは検査をしたら何でもないことが多いんです。それでも医師は“何でもないよと”、突き放してはいけないと思います。必死で頑張っているけれどできないということを、受け止めてあげないと、トラウマがまた生まれて新たな症状が生まれて…という悪循環になることもあります」

 こういった心理負担を減らすために、峯小児科では、不安が強い子どもには、ソファやベッドで予防接種を行うこともある。さらに、注射部位を冷たく冷やして痛みを感じにくくしたり、美容医療で使用されるかなり細いタイプの特別な針を導入し、極力痛みを減らすような工夫も取り入れている。

 「HPVワクチンは筋肉注射なので、一般的な注射よりも少し痛く痛みの質が違うのは事実です。接種後も、通常なら2日程度で痛みが引くところですが、1週間ぐらい痛みが続くこともあります。ですから、現場としてもできるだけの配慮をすることを心がけています」

 20年も前から非常勤の臨床心理士を2名置いているのも、心のケアに重きを置いているためだ。

 「年齢が大きくなって、心の悩みがある場合、メンタルクリニックを勧められることがあると思います。しかし、全く知らない先生にいきなり悩みを話すというのは、ハードルが高いこともあります。小さいころから通い慣れていて、泣きわめいてもスタッフみんなが優しくしてくれた病院で、相談できたらいいですよね」

保護者はHPVワクチンにどう向き合ったらいいのか

では、保護者の対応としては、どのような点に気をつけたらいいだろう。

 「HPVワクチンの場合は、対象年齢が思春期にかかる子もいることから、通い慣れている医師に相談しながら進めていくことをお勧めしたいですね。小児科でも、普段から思春期相談にのっているようなクリニックでもいいでしょう。

 HPVワクチンの接種のスケジュールについては、日本脳炎ワクチンの第2期(9~13歳未満)やジフテリア、破傷風の2種混合ワクチン(11歳~13歳未満)を接種する際や、インフルエンザワクチンなどを接種する際に、かかりつけ医に相談してもいいですね。

 そして、親御さんも、子どもたちの気持ちに共感してあげてほしいと思います。痛くなかった? 部活で右腕を使うなら、左手に打ってもらおうか? 困っていることがあったら、次回先生に頼んであげるからね、など。親御さんからサポートしてあげてください。そしてこちらの不安を伝えたら、きちんと応じてくれる医師にかかりたいですね。接種後に何かあった場合には、接種した病院に相談してください」

 HPVワクチンの個別通知が送られ、接種希望者が増えていくことは、国の公衆衛生上望ましいことだ。WHOが立てた「子宮頸癌撲滅に向けた世界的な戦略」でも、HPVワクチンカバー率を上げることは重要なミッションとなっている。

 「小児科医としても、彩の国予防接種推進協議会会長としても、このワクチンは絶対必要なワクチンだと考えていますが、接種率が上がればいいという問題ではありません。イケイケドンドンで接種を進めるだけでは、また何かしら起きれば、再び“接種控え”が起きてしまう可能性があるのです。今が、とても大事なときです。医療者側も、きちんと環境を整え、保護者や子供たちへの対応を丁寧にやっていく必要があるでしょう」

 峯さんは、医療者向けにも「ワクチン接種時の注意点や接種後の対応について」講演を行なってきた。

 「小児科医療では、治療を受ける子どもたちが心の準備ができるようにするためのプレパレーションケアが注目され、7年前とは医療現場の対応も改善されてきていると思います。医療者側への情報提供に際しては、この秋、厚生労働省が作成した、HPVワクチンの医療者向けリーフレットに、診療姿勢、問診のポイント、接種後の対応などがしっかりと記載されていました。ようやくここまできたという気持ちですね」

 一方で、HPVワクチンで訴訟裁判中の子どもたちのことや、HPVワクチン接種のお知らせが届かずに打ち逃した女の子たちのことも気がかりだ。

 峯さんは、「もし心因性のことが関係しているとすれば、裁判に決着がつくまでは、症状が固定化してしまうのではないかと、とても心配しています。また、対象時期に打ち逃し、希望する子には無料のキャッチアップ接種を受けられる制度も何とか進めていきたいですね。

 それには、このワクチンが他の定期接種ワクチンと同じようにある程度の接種率を確保できるようなワクチンになっていかないといけないでしょう。医療者側も変わらなくてはいけない。国も躊躇せず、副反応についてはちゃんとケアするから、ワクチンを止めないようにしましょう、という強いメッセージを出して欲しいと思います」と話している。

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